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おばあちゃんと共に毎週コツコツと作っています
ついでにおままごとも今だに好きな私です
さすがにおままごとして遊ばないけど、おままごとグッズにはときめきます
ここのおままごと、カワユイです
↓
http://www.rakuten.co.jp/mg-sweet/760668/760803/
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ベランダのベゴニアのハンギング
春先に「さし芽」し、今やまんまる可愛いハンギングに
先日ルンルン気分で水をやっていたら、何かが『ピュッ』っと私の右胸の肋骨に乗り、『ピュッ』と落ちた
こんな時、十代の私であったなら「ひぇ~
」と大騒ぎしたものでしたが、まずは(落ち着こう)と..ドキドキしながらも考えた
「何、今の?」
「蚊? ハエ? 蜂?」
違う、違う、違う・・あの「重さ」

助骨にしっかり残っているその「重さ」
この「重さ」は多分、「アレ」に違いない
『ピュッ』と落ちた場所は目の前。
(見てみよう
)と思いながらも
(気持ちが悪かったらどうしよう
)と見る勇気が出ない

「いち、に、の、さん
」
やっぱり・・・・・
それは黄緑色一色の奇麗で小さな可愛いカエルでした
急に水をかけられ、私の胸に大慌てでピョンし、ピュッと落ちた
の驚きは私以上だったらしく、身動き一つしません。
その日から二日間、ベランダの同じ場所で身動きもせずに過ごしていた
でしたが、それ以来姿を見ていません。
ただ、思い出したように「ケロケロ」と良い音色の鳴き声を聞かせてくれます
どこにいるのかな、と鳴き声のする窓辺に近寄ってみるものの、全く姿は見えず。
驚きのあまり人間(私)の胸にピョンしてしまったショックが今だ大きく、
は私を警戒しているのかもしれません

春先に「さし芽」し、今やまんまる可愛いハンギングに

先日ルンルン気分で水をやっていたら、何かが『ピュッ』っと私の右胸の肋骨に乗り、『ピュッ』と落ちた

こんな時、十代の私であったなら「ひぇ~
」と大騒ぎしたものでしたが、まずは(落ち着こう)と..ドキドキしながらも考えた
「何、今の?」
「蚊? ハエ? 蜂?」
違う、違う、違う・・あの「重さ」


助骨にしっかり残っているその「重さ」
この「重さ」は多分、「アレ」に違いない

『ピュッ』と落ちた場所は目の前。
(見てみよう
)と思いながらも(気持ちが悪かったらどうしよう
)と見る勇気が出ない

「いち、に、の、さん
」やっぱり・・・・・

それは黄緑色一色の奇麗で小さな可愛いカエルでした

急に水をかけられ、私の胸に大慌てでピョンし、ピュッと落ちた
の驚きは私以上だったらしく、身動き一つしません。その日から二日間、ベランダの同じ場所で身動きもせずに過ごしていた
でしたが、それ以来姿を見ていません。ただ、思い出したように「ケロケロ」と良い音色の鳴き声を聞かせてくれます

どこにいるのかな、と鳴き声のする窓辺に近寄ってみるものの、全く姿は見えず。
驚きのあまり人間(私)の胸にピョンしてしまったショックが今だ大きく、
は私を警戒しているのかもしれません
この夏、私にとって辛いことがあった。
幼い頃一緒に暮らしていたおばあちゃんの突然の死。
この一ヶ月間、泣かない日はなかった。
おばあちゃんが亡くなった日、一曲の曲が出来た。

ひたすらおばあちゃんを思い続けて作った曲。
私は、言葉にならない思いを音にした。。
そして、おばあちゃんのこの世に生きた証しが、メロディの一音一音になった。
おばあちゃんの音色だ。
私は、音色『ねいろ』という言葉の意味を初めて知ることになった。
それは、音には色があるという事。

そして、人には音色があるという事。

人は人生の中で、色を見つける。
誰もが、自分の好きな色とは別に、他人から見てのその人のイメージカラーというものがある。
音も一緒だ。
人は、人生の中で知らず知らずのうちに奏でている音色がある。
私のおばあちゃんは、Gdur(ト長調)。
ソ、シ、レ、この音がおばあちゃん。
深い悲しみから生まれたメロディは、暗い音ではなく、やさしいやさしい音色。
そう・・・
おばあちゃんの音色。
生前、おばあちゃんがこごえる私の足を見て、私にくれた手作りの毛糸の靴下カバー。

世の中には、お金で買えない物がたくさんある。
今、私が感じているのは、
おばあちゃんのぬくもり・・・
心である。




