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オクターブ、とどかない生徒が沢山います。
「もう少しなの」と鍵盤の上に手を広げ見せてくれます。
焦っているようです
大丈夫、きっと、もうすぐとどくよ
高校の時、オクターブがとどかない音大志望の下級生が、
親指と人差し指の間に「切り込み」をいれる手術を受けました。
後年、
手術をしてもそんなに変わりはなかった。
小さい手での弾き方を練習するしか結局解決策は無いみたい、と教えてくれました
ピアノは「指」という自分自身の身体で弾く楽器
弦楽器の弓のように「買い替え」は出来ないんです
だからこそ、自分を愛しむ事が大切なんじゃないかな
手を撫でたり、広げたり、語りかけたり。
「愛情」という養分をいっぱい注いでみてくださいな。
そうすれば・・・
きっと、もうすぐ、とどくはず
ピアノは10本の指で弾くものですが、
この10本の指というものが実に「曲者(くせもの)」なんです
長さも太さも形も重量も、全く違っている
その違っている10本の指で、全く同じ音色を出す
それが、ピアノなんですよね
それはそれは大変です
それぞれの指に自覚を持たせ、独立させて、
どの高さから、どの力とタッチで鍵盤を押せば10本の指の音色が均等のものになるか・・・それはレッスンと努力と経験でしか解り得ないものです。
レッスンの中で、一本ずつ形を直し、動きを見つめ、成長を見守り続けた生徒達それぞれの指
もしも『この指は誰でしょうクイズ』というものでもあれば、
「優勝しちゃうな私」とずっと思っておりました。
ところが
年末に、このピアノ教室の歴代講師の教え子達との忘年会で、
乾杯!の「手」だけの写真を撮り、
WHAT`S NEWにその写真がupされたのを見た時に、
えっ、これが小百合先生の手?、里佳先生ってこういう手だったっけ?、美奈子先生の手かな?・・・
初めて見る手のようでした。
ピアノ指導をしている自信と経験が、今の彼女達の「手」を形作っているのでしょうね。頼もしかったです
そしてまた、
「へぇ~、こういうふうにグラスを持つんだぁ」と、
ピアノを弾く以外の彼女達の指をこんなに見つめたのは初めてで、不思議な新鮮さを感じてしまいました
ちなみに、淳子先生の手はすぐに解りました。
というのも、「淳子先生の婚約指輪を撮ろう」という事から撮った写真だったものですから・・・
牧子先生と淳子先生のツェルニーの話を見て、ついつい書きたくなりました。

私が初めてツェルニーに出会った時の第一印象は
『この曲・・・ややこしい

それなのにその後の学生時代、練習していて一番楽しいのがツェルニーとなりました。
牧子先生に、
『たかがツェルニー、されどツェルニー


の大切さ





ツェルニー30番のCDまで大切なおこずかいをはたいて買い、ルンルン気分だったこともありました・・・(このCDあまり必要性はなかったのですが

研修旅行で、ウィーンの中央墓地を訪れた時、みんなはベートーヴェンやブラームス、他のお墓に群がっていたのに、私はツェルニーのお墓を見つけて泣けてきた~


『ツェルニー様、どうかピアノが上手になりますように

ってお祈りしてお花を一輪ささげ、神様に会えた気分になって満足して帰ってきました。







牧子先生は、ツェルニーの大切さと面白さを教えてくれた凄い恩師なのです
